“自己主張”

    『恋愛幸福論で10のお題 Vol.7』 より
 

まだ黎明の満ちている刻限だからか、
それとも今日はこのままの曇天が昼間まで続くのか。
さっきまでそこへと埋もれてて、
目覚めと共にベッドの中へと置いて来た、
他愛ない夢見の続きみたいな色合いの空が頭上にはあって。
頬をひたひたと叩き、耳の先をきんと凍らせる、
冷ややかな外気の感触は確かに感じられるのだけれど、
白々とした明るさの頼りなさは、
現実から遠いところをゆくような感覚で、
この総身をくるみ込んでいるような気さえして。

 “……まだ眠いからかな。”

頭がしっかと起きていないうちから、
朝寒の中 走り出したからだろか。
集中が途切れるとロクなことはないと。
ぼんやりしたままの動作には、
うっかりミスも倍加するからと。
さんざん注意されてたのにね。
いかんいかんと眠気を払うよに頬を叩けば、
視野の中、横合いから さあっと、
鮮やかな朝の陽が差し込んだ。

 「わあ……。」

毎朝のジョギングは時々億劫だったりもするけれど。
この時期だと いつも大体この橋の上で迎える、
陽の出の最初の一光、
これを浴びるのが たまらなく心地いい。
日課とした以上、1日でも欠かすと気持ちが悪くなるよなマメな方でもないし、
朝日健康法とやらを信奉している訳でもないけど。
今朝だって、うあ寒そうだと閉口し、
尻込みしながら えいと気合い入れて起き出した方だけど。
晴れてる日はほぼ毎日見てる光景のはずが、
なのに、その毎朝、いちいち わあと見入るのも変わらなくって。
進歩がないのだ、というか やはり集中していない証拠だろと、
部の赤い悪魔様はそんな風に笑い飛ばしてしまうだけだが、

 “それでも…足踏み体操してから走れとか、
  アドバイスはいっぱいくれたけど♪”

いきなり駆け出すもんだからか、
ほぼ平坦なところでもコケることが多かった頃じゃあなかったか。
ああ、今日もこの光が射すのに間に合ったと、
何とはなく嬉しくなって、口許をうにむにとゆるませておれば、

 「………………あ。//////」

こっちからの進行方向から、
そりゃあしっかとした足取りで、こちらへやって来る人影が見えてくる。
自分なんかよりもずっと以前から、毎朝の鍛練欠かさないで来た人。
こんな基礎なぞ要らないんじゃないかと思うくらい、
体格や素養や才能に恵まれてて。
なのに努力も怠らない、
精神面までもが頑強な、それはそれは頼もしい人。

 「早いな。」
 「進さん、こそ、あの、おはようございます。///////」

最初のうちは目礼交わしてすれ違うだけだったものが、
今ではインターバルを兼ねてか立ち止まってくれるので、
ちょっぴりお話し出来もして。
精悍なお顔、毎日見られるのが嬉しくてたまらないセナだったりし。

 毎朝のランニングを続けていられるの、
 この瞬間を逃したくないからでもあるのかな?

 “で、でもでも、必ずしも会えるとも限んないんだし。//////”

そうそう。
進さんが修学旅行や遠い地区のチームとの遠征試合に行ってた間とか、
新型インフルがここいらでも猛威を振るってた間とかは、
お姿 見られなくって、しょんもりしちゃったし。

 「? 小早川?」
 「え? あ、いやあの…えとえと。///////」

あやや、いかんいかんと、
首に巻いてたタオルを引っ張り出して、
お顔や頬を拭う少年の様子、
微笑ましいと見やってた進は……ふと。

 「駅前の花時計の縁の、赤い花が植え返られていた。」

そんなことを口にする。
彼がやって来た方向には泥門の駅があるので、
そこを通過した折に視野に入った情景なのだろう。

 「え? あ、それってきっと、
  ポインセチアから葉牡丹へ変わったんですよ。」

 ハボタン?
 はい。お正月につきものなお花です。
 どっちかというと葉の柔らかいキャベツみたいだったが。

 「あ、そんな感じですよねvv 花という風情じゃなくて。
  でも、牡丹みたいに見えるから、
  そんな富貴な花の代わりにってことで飾るんじゃないのかなぁ。」

そういうの、道々にちゃんと見て来られたんですね。
進さんのペースって随分と速いのに、すごい余裕だなぁと、
幼子のように感心するセナだったけれど、

 「………。」
 「…進さん?」
 「……いや。」

かすかに動じてしまったの、やすやすと拾った彼だったのへ、
何でもないと我に返る。
季節の移ろいを示す他愛のないものを、
なのにちゃんと拾っては、
そこへと感じ入ることの出来るセナへ、
何と豊かな人物だろかと驚かされたものだのに。
そんな彼からそうと評された自分だったのが、

  何だか、意外で。

どうして違うと気づけたかといや、
クリスマスカラーの深紅も鮮やかだった花壇が、
一転して淡い緋色の縁取りに変わっていたからで。
そこまで判りやすい相違さえ、これまでは目にも入らぬ自分だった。
それはそれで、決していけないことじゃあないのだろけれど。

 「……?」

不意に…単に口を閉ざしたという意味合い以上に、
口を噤んでの黙ってしまった自分へと。
どうかしたかと訊くでなく、
ただ かくりと小首を傾げて見せるセナの屈託のなさが、
愛らしいだけじゃあなく、大切にしたいとまで切実に思えてしまい。
ああ 愛おしいとはこういうことかと、
優しい、暖かい、そんな人らしい感じ方をくれた君。

 そんなのは雑念に過ぎず、自分を高めることへの邪魔になる。
 迷いがあるうちは自分はまだまだ強くはなれぬ…と。

がむしゃらに頑なでばかりいた頃の自分を、
間違っていたとは言わないが。
そのままじゃあ きっと、どこかで行き詰まっていたに違いないとも、
思えてならぬ、ここ最近であり。

 「……あ。6時半の快速だ。」

遠い鉄橋を渡ってく、JRの車列に気づき、
それじゃあ此処でと手を挙げ、いつも通りのUターン。
小さな背中がたかたか去ってくのを見送りながら、

 「………。」

また いつもの朝、いつもの1日が始まるのだけれど。
そこへと 少しずつ少しずつ。
鮮烈じゃあないけれど、少しずつだけど。
君色を心地よいと感じ入る、そんな自分になりつつあるの、
こんな形で自覚したらしい誰か様。

 「………。」

黙っていても自己主張が足りる自分とは、
ともすりゃ真逆な慎ましさだが。
だからこその根強さで、
気がつきゃ しっかと心奪われていたこと、
把握するのが遅すぎたのかも。
それと も1つ問題なのが、

 “試合でもないのに、この捉われようとは…。”

執着や固執、
何も好敵手へのそればかりじゃあないってことへ、
ちゃんと気づくのは一体いつのことなやら……。






  〜Fine〜 09.12.27.


  *冬の早朝の朝ぼらけ。
   お馴染みのランニングデートも、
   いざと書くのは久々だったですもんだからか、
   何だか調子が出ないままだったような。
   とりあえず、高校生時代の朴念仁な進さんを目指してみました。
   自分の裡(ウチ)へと芽生えたものの正体にさえ気づいてないです。
   桜庭くんも高見さんも、大変です、こりゃあ。(苦笑)


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